ピエール・ガスリーにとって2020年のベルギーGPは特別な思いを持った今年の最重要レースと言っても過言ではない一戦だった。子どもの頃からのライバルであり、友達であったアントワーヌ・ユベールを去年のベルギーで失ってから1年が経ち、追悼の意味も込めて行われた今年のベルギーGPには何としても結果を残したい思いが強かった。ガスリーはただ一人ハードタイヤでスタートして、一時は不利と言われた状況を跳ね除けて8位入賞を果たした。このガスリーのレースについて、その力強い戦いを振り返ってみよう。
先に述べたようにガスリーは12位スタートであったため、スタートタイヤを自由に選べる中、唯一ハードでのスタートを選択した。レース後のインタビューで明かしていたが、レース前ガスリーは、10周から20周目にセーフティカーがあれば戦略として破綻するだろうという目測を立てていた。なぜなら、ガスリーよりも柔らかいタイヤでスタートする人たちが、このタイミングでピットに入ることでその後のタイヤ交換は不要となり、事実上のフリーストップが得られるからだ。逆にガスリーはSCのタイミングでピットに入っても、最後まで走り切る保証はないため、ピットストップウィンドウに入るまではタイヤ交換ができず、既定のロスタイムを消費して戦わなければならないことから、不利な展開になると見ていたのだ。
実際その不利な展開がそのまま起きた。10周目にアントニオ・ジョヴィナッツィとジョージ・ラッセルがクラッシュを喫し、セーフティカーが入った。この状況ではミディアムでも届かないことから、各チームはハードタイヤに交換して最後のピットストップを終えていった。しかしガスリーだけは2種類のタイヤ装着義務を果たせないために、タイヤ交換の選択はミディアムかソフトしか残されていなかったためにステイアウトせざるをえなかった。ステイアウトしたことで、セーフティカー中に4位に順位を上げたが、ここから彼にとっての本当の戦いが始まった。
セーフティカー開けにガスリーにとってのポイントは2つあった。ハードでのペースをなるべく保って、他のクルマから置いていかれないことと、第2スティントで多くのクルマを追い抜いて、元の順位に戻ることだ。
まず第一のポイントのセーフティカー開けのハードタイヤでのペースだが、ここはタイヤを替えた人たちよりも遅いペースではあったものの、順位はそれほど失わなかった。ガスリーは26周目まで第1スティントを引っ張ったが、それまで3台しか抜かれていないことがこの頑張りを具体化している結果と言えるだろう。下のグラフにあるペースを見てもセーフティカー開けの16周目とピットイン直前の25周目のタイム差が0.4秒しかないのもそれを表している。それはガスリーが抜かれる時にも余計な動きを見せず、下手に抜かれた後に抜き返す動きもせず、自分の走りに徹底していたことが良い結果をもたらしたのだろう。また、週末のガスリーのセットアップに目を向けると、予選時のスピードトラップで5位を記録していたことから分かるように、直線スピードを重視していたセッティングでもあった。これが後方からやってくるクルマに対しての防御にも機能していたと考えられる。

ペースは安定していたが、チームは26周目にガスリーをピットに呼び込んでミディアムに替えた。ハードタイヤでのスタートであれば、終盤ギリギリまでスティントを引っ張って、ソフトに履き替えて思いきりプッシュさせるのも一つの方法だが、アルファタウリはハーフディスタンスのところでミディアムへ交換する戦略を取った。これもガスリーに良い結果をもたらした。
セーフティカー中にハードに履き替えたドライバーは口を揃えてバイブレーションやウェアに関して注意をするような無線が飛び交っており、最後まで走り切るには強めのマネジメントが必要だった。そこにガスリーが26周目にミディアムへ交換して、早い段階からプッシュし始められたことで、第2スティントでは8台をオーバーテイクする離れ業を見せたのだ。下のギャップグラフが示す白い実線で示したガスリーのギャップ推移から見ても第2スティントの前半はルイス・ハミルトンと変わらないペースで、終盤はファステストラップを記録したダニエル・リカルドと同じようなタイムの伸びを見せていた。つまり第2スティントは全体ベストのペースを出し続けていたことになる。

ミディアムへ交換することのリスクも当然あったはずだ。それはミディアムはソフトに対してペース的なアドバンテージが薄いことから、前方のクルマを追い抜いていくのは難しくなることだ。しかし今回は、前方のクルマが強いマネジメントを強いられていたこともあって、それに対しての心配は結果的に不要だった。このギャンブル的なアルファタウリの決断も、今回のガスリーの結果に一役買ったとも言えるだろう。
一時は完全に不利な展開となったガスリーだが、それをものともせず、後半のレース展開も彼にとって追い風が吹いた。それはユベールからの後押しであったかもしれない。しかし、第2スティントで見せた18周で8台のオーバーテイクは、ガスリーの勇敢なドライブから生まれたものと考えてもいいだろう。次戦のモンツァも高速コースで深いブレーキングでのオーバーテイクスキルも求められる。今回のベルギーでの戦いが、ガスリーにとってさらなる追い風になるかもしれない。
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